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よのなかは。

映画・本の感想。観て/読んで心打たれた作品を紹介しています。

理性が人を狂わせる。 福永武彦『草の花』感想

著者:福永武彦
新潮社、1956年


眠れない夜、堪えられずに読みました。
人生に悩む青少年に捧げたい小説、『草の花』

「漫画も映画も絵画も音楽もそれぞれ素敵なところがあるけど、文学にしかできないことってあるよな」と感じさせてくれる一冊です。




あらすじ
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戦後間もないある日のこと、「私」が入院中のサナトリウムの病室に汐見という青年が入院してくる。
重い病気の身でありながら、いつでも落ち着いている汐見に、私は興味を抱く。
年齢が近いこともあり、仲を深めていく二人だったが、出会って一年の後、汐見は死ぬ確率の高い手術を自ら望んで受け、帰らぬ人となる。
彼が生前書き溜めたノートを託された私は、そこで彼の悲しい過去を目の当たりにするのだった・・・。


『草の花』は夏目漱石こゝろ』に似た構成になっており、
ここから明かされていくノートの内容(汐見の過去)がメインストーリー(『こゝろ』でいうと、「先生の手紙」の部分)になります。




感想
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この作品では、汐見と彼が愛した人物を通して「孤独」、「信仰」、「愛」という普遍的なテーマが描かれます。

中でも私が震えたのは汐見が抱える「孤独」です。

汐見という人物は、生涯で二人の人間を深く愛したのですが、一方でこの上なく孤独でした。

なぜ孤独だったのか?

彼が自ら孤独を選んだからです。しかもその孤独のために生涯苦しみ続けたのです。


では、
なぜ孤独を選んだのか?




……その前に、汐見について振り返ります!

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彼は終始自分と対話しています。過分に理性的に。理性でもって世界を眺めていて、自分の感情も(それがどんなに深く情熱的なものであっても)冷静に分析しています。その様子は、自分の内に籠っているようにも感じられるほどです。
それは次のシーンにも表れています。



「そしてこういう時ほど、千枝子に会いたいという焦心が、僕の中に急激に高まって来ることはなかった。その明るい声を聞き、その暖かい手を取っ手さえいれば、不安は容易に消え去って行くだろう。しかし僕は、空気のように僕の廻りに立ち罩めている不安、いつ来るか分らないこの未来の瞬間への不安と闘いながら、わざと、容易に千枝子に会いに行かない自分の意志を大事にした。それは決して僕の愛が小さかったからではない。会おうとさえ思えば、毎晩のようにでも出掛けることは出来たし、感情は常に僕を促してやまなかった。それなのに僕は自分の意志を靭く保つことに、奇妙な悦びを覚えていたのだ。それにぎりぎりまで感情を抑え、千枝子への愛をこの隔離された時間の間に確かめることほど、僕に愛というものの本質を教えるものはなかった。愛が持続であり、魂の状態であり、絶えざる現存であり、忘却への抗いである以上、会うとか、見るとか、話すとかいうことは、畢竟単なる現象にすぎないだろう。(中略)心から千枝子を愛していながら、一方で僕はあまりにも自分の孤独を大事にしていたのだろう。」



……この理性ですよ!
さらに汐見は、


「そして僕は、愛すれば愛するほど孤独であり、孤独を感じれば感じるほど千枝子を愛しているこのこころの矛盾を、自分にも千枝子にも解き明すことが出来なかった。」


と振り返る訳なんですが、この理性に、この孤独に、狂気すら感じたのは私だけでしょうか。


正直、「あなたは何をしたいんだ?」と、読みながらツッコンでいました。

他人としては、「自分というものから離れたら幸福になるのではないか」とか「もっと感情とか衝動とか、温度の高いものを信じれば良いのに」とも思いました。
汐見に共感するところも、苦しいくらいたくさんあるのですが、他人だから思っちゃいますね。
自分の気持ちくらい分析しないで素直に信じてしまえば、こんなに苦しまないはずなのになあと。


そんな中、妙にスッと胸に入ってきたのが、次の会話です。
(汐見が千枝子と信仰の話をしているシーン)


千枝子「それで寂しくはないの?」
汐見「寂しいさ、それは。しかしそれでいいのだ」


単純で恐縮ですが、「そうか、これが汐見という人なのか!」と納得できて、救われた気がしました。私が(笑)


「なぜ孤独を選んだのか?」

「彼が汐見だから。」

これでいいじゃないかと今は思っています。


10年、20年経って読んだらまた面白いだろうと思います。
今とは全然違うところに注目して、またあれこれ考えるんだろうな〜。


おしまい!