よのなかは。

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子ども時代を忘れた大人たちへ。『飛ぶ教室』感想

著者:ケストナー
訳者:池田香代子
岩波少年文庫、2006年

飛ぶ教室 (岩波少年文庫)



ひとりドイツ文学祭り(略して独独祭)、始めました。(きっかけは後述)
まずは定番中の定番…『飛ぶ教室』です。

・短い
・楽しい
・温かい

と、三拍子揃っています。
短時間で一気に読めるので、忙しいけれど小説を読んで心温まりたい方にピッタリです。優しい気持ちになれる物語です。


翻訳は何種類も出ていますが、私は岩波少年文庫版を選びました。理由は、

・文字が大きく、行間が広い。
・原書版と同じ挿し絵付き。

即物的で恐縮です。もちろん翻訳そのものも、雰囲気にぴったりのやさしい言葉遣いで素晴らしかったですよ!このバージョンで読んでよかったと思います。





あらすじ

舞台はクリスマス目前のドイツのギムナジウム(=寄宿学校)。四人の少年たちの寄宿学校生活を軸に、クリスマス劇の『飛ぶ教室』に向けて物語は進んでいきます。
個性豊かな少年たちと、彼らを温かく見守る先生たち。冬のギムナジウムで、瑞々しい精神が弾けます。






感想

感想は以下の4項目に分けました。

⓪なぜ読んだのか
①子供時代=幸せ、なんて誰が決めた?
②若さが、眩しい
③『飛ぶ教室』を読んだ後は…



⓪なぜ読んだのか
なぜ今『飛ぶ教室』を読もうと思ったか。

きっかけは萩尾望都の『トーマの心臓』です。


では、なぜ『トーマの心臓』を読んだのか。
今年の6月、『ポーの一族』の続編が40年ぶりに雑誌に載りました。私は『ポーの一族』が好きなので、この度人生で初めて「書店に未発売の書籍を予約しにいく」というイベントをこなしました。(アマゾンでも予約できるでしょうって?発売2週間前にはもう売り切れていました…)そして、その雑誌の付録冊子として『訪問者』という短編漫画が付いていました。『訪問者』は『トーマの心臓』の登場人物・オスカーを主役に据えたスピンオフで、これは精神的不感症の私を初めて泣かせた漫画です。


トーマの心臓』は、ドイツのギムナジウム(寄宿学校)を舞台にしたもので、そこで暮らす少年たちの心の揺れ、悲しみや喜び…愛や拒絶、孤独などを繊細に描いた作品です。
前置きが長くなりましたが、これが私がひとりドイツ文学祭(独独祭)を初めた理由です。
10代前半の特別な時間の中でもがく少年たちの姿に、自分でも理解できないほど心揺さぶられたので…もう少しこのテーマで読書したいと思いました。




①子供時代=幸せ、なんて誰が決めた?

著者・ケストナーの「子ども観」が、一癖あって、面白いです。それが冒頭の章にも表れているので、先に紹介しますね。

「子どもというものはのべつまくなしに楽しくて、どうしていいかわからないくらいしあわせなのだ」(P18)
「子ども時代はとびきり上等のケーキみたいなもの」(P18)


という大人の勝手な幻想に対して腹を立てているんですね。そして、


「どうしておとなは、自分の子どものころをすっかり忘れてしまい、子どもにはときには悲しいことやみじめなことだってあるということを、ある日とつぜん、まったく理解できなくなってしまうのだろう」(P18)

と書いています。

さて、皆さん、子供だった頃のことを、リアルに思い起こしてみましょう!

楽しいこともたくさんあったけど、それだけじゃないですよね。色々大変だったと思います。
子どもだからこそ逃げられない辛さ、重さみたいなものも、ありますよね。


飛ぶ教室』では、ケストナーの「子ども観」が、登場人物たちを血の通ったリアルな存在にしているように感じました。
自分が子供だったことを本当に覚えている人は強く、それゆえに優しくなれるのかな、と感じる場面もありました。それについては次の項で書きます。





②若さが、眩しい

登場人物のほとんどはギムナジウムの生徒=少年です。少年たちの魂が眩しかったです。


いつからこんなに子どもが眩しいと感じるようになってしまったのか?


読書していてこんなに自分の「老い」を感じたのは初めてです。自分と少年たちの間にとてつもない距離を感じました。彼らが自分とは全く違う生き物のように感じられて、それが読んでいて心洗われる理由であり、辛くなる理由でもあり…という印象です。上手く説明できませんが、とにかく自分は一つの特別な「子ども」という舞台から降りてしまったんだなあと思いました。


「子ども」という舞台から降りたら、死へと歩いて行くことを意識せずにはいられませんでした。世界から退場する人と新しく生まれてくる人が、入れ替わり続けているんですよね、ずっと。人間社会は新陳代謝しているのだと考えると、自分が泡沫の様に思えます。


「老い」に対してネガティヴなことを書きましたが、もちろん大人には大人の素晴らしさがあります。それを証明してくれるのが、『飛ぶ教室』の二人の登場人物です。


①「正義さん」と呼ばれ慕われる先生
②「禁煙さん」と呼ばれる近所の男性


この二人なしに少年たちの学校生活は成立しません。彼らは愛することがどんなに幸せなことか知っていて、それを行う才能に溢れています。

ケストナーにとっておそらく彼らは、「自分が少年だったことを本当に覚えている」人たちなんです。それゆえに
優しく温かく、人を愛さずにはいられないのでしょう。


特に「正義さん」は、人間というより神仏に近いような感じがします。上手く言えないのですが、人の愛し方が特別なんです。ハリー・ポッターダンブルドアから、使命感と罪悪感と冷酷さを取り去ったような感じ…と言ったら、伝わるでしょうか…。




③『飛ぶ教室』を読んだ後は…

さて、ひとりドイツ文学祭り(独独祭)、次は『車輪の下』か『デミアン』を読みたいです。
車輪の下』は、今年も夏の100冊フェア入りしていますね。新潮文庫で。もう10年くらい、毎年フェアの時期に「今年こそ読みたい…!」と思うのを夏の楽しみにしている感があります……。


若いうちに読みたいと考えている本がたくさんあるので、少々焦り始めた今日この頃です。『赤と黒』とか…。
屈折して野心に燃えた若者の物語は、若いうちに読むのが一番吸収率というか、シンクロ率というか…心に突き刺さるものがありそうだと思うので。


人生は短いですね、本当に。