よのなかは。

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最低の読後感、最高の余韻。『砂の女』感想

今週のお題「読書の秋」


著者:安部公房
新潮社、1962年

この記事にはネタバレが含まれます。ご注意ください。

名作ですね。
すでに読んだ方も多いのでは?

私は夏の100冊マニアなので、新潮文庫の100冊に毎年選ばれている『砂の女』は「毎夏読みたくなるが、結局読まずに夏が終わる」系作品の筆頭でしたが、今年、ついに読みました!



読書って、他人の特性や癖を、文字を媒介として「浴びる」行為でもあるわけですよね。(情緒のない表現ですみません)
そういう意味では、安部公房の描写のマニアックさは、最高です。序盤の砂に関する描写なんて本当に細かくて、「気持ち悪っ!」て思うんですけど、読み進めるうちに、気付いたらこっちもニヤニヤしちゃってるんです。癖になるんですね、あの温度感というか、湿度感というか…
あと、比喩がうまい。

読書って、いいですね!




感想

*私が最も関心を持って読んだのはクライマックスなので、感想もクライマックスに関するものが多くなっています。楽しみを奪いたくないので、まだ読み終わっていない方はこの先を読まないようお願いします。

まず、読後感についてですが、最低でした。

でも、聞いてください!
陳腐な表現で恐縮ですが、これは「現代人必読の書」と言っても過言ではない(かもしれない)作品だと思います。
心を揺さぶられずにはいられない現実感(これが最低の読後感の原因だと思う)があって、読んでしばらくしても『砂の女』を現実と照らし合わせてあれこれ考えてしまいます。それが面白くて、癖になって、止まりません!
詳しくはこの記事の最後に書くつもりですが、読後感は最悪なのに、余韻が楽しめるところが私は好きです。



感想①「作品そのものが現代人の心象風景を表している」
現代人の不安・もがき・諦感…など、砂のように掴みどころがない感情
の比喩、それが『砂の女』だと思います。

読んでいるうちに、主人公に感情移入するかしないかは人それぞれでしょうが、いずれにせよ、この作品を読んだ多くの人が、主人公の姿を見て
「自分の人生は意味があるのか?」
「これまでの自分の選択は正しかったのか?」
と考えずにはいられなくなって、多かれ少なかれ虚しくなるのではないでしょうか。



感想②「自由」と「不自由」、その選択
この作品のテーマは、「自由」と「不自由」だと私は考えています。
作中で描かれる、砂の中に監禁される経緯や砂の中での生活は前座に過ぎず、この作品で最大の課題は、
主人公がクライマックスで強いられる「砂の女と生きるか、自分の元いた世界に帰るか」という二択=「自由と不自由の選択」であると感じたからです。私は、


砂の女から逃れて元の生活に戻る(=監禁場所から脱出し、自分の人生に戻れる。=自由
・このまま砂の女と二人きり、砂の中で残りの人生を送る(=監禁された場所で一生を終える。外に出られない。本来のものとは別の人生を送る。不自由

を選択するという考え方と、

砂の女から逃れて元の生活に戻る(外の世界に戻る。砂の中とは対照的な、選択し続ける必要のある現実の中で生きる=喜びや苦しみ、後悔や迷いなどと一生付き合うことになる=不自由
・このまま砂の女と二人きり、砂の中で残りの人生を送る(監禁されたが生活に不自由はない現状に身を任せる。女とともに砂の中で、刺激はないが穏やかな日々を送る。何も選択しなくて良い。=自由


というふた通りの考え方をしました。

砂の女』は、現実と引き離され、もう一つの道(砂の世界=選択から解放された世界)を提示された現代人が、最終的に選び取る道は、何なのか?それは自由なのか?それとも不自由なのか?そもそも現代人にとって自由とは何なのか?監禁された砂の世界が不自由だと、あなたは言い切れますか??みたいなメッセージを感じる気がして、とても面白かったです。




感想③「最高の余韻」

監禁された主人公が延々砂の中で過ごす話なので、読んでいて気が滅入るし、読了直後は最低の気分でしたが、冒頭でも述べた通り、余韻が好きです。
なぜか?
最初は現実と照らし合わせてあれこれ考えていくのが楽しいからだと思ったのですが、よく考えると他にも理由がありました。

・絶望的な思いをし続けた主人公が、なぜか一度も生きること自体を止めようという発想をしない。


これです。これが理由です。
主人公は、脱走を試みては失敗して、もう脱出は一生不可能なのだと悟って、絶望はするんですけど、「死のう」っていう発想にならないところを尊敬します。
(もちろん現状には不満だらけ、八つ当たりしたり自暴自棄になったりしていましたが、それでも)


現状を打開していくことは諦めるけど、生きること自体は諦めないんです。

現状を受け入れてなんとか生きていこうとする姿に、希望を感じました。

…と書くと、陳腐すぎてデリートしたくなるレベルで恥ずかしいですけど、

形のない、砂のような人生、かけて困るものなどありはしない!
自由に生きていいじゃないか!

明日も(それなりに)頑張ろう!

という気持ちになります、あんな絶望的な物語の余韻でこんな前向きな気持ちになるなんて…

読書とは不思議なものですね。